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ひとりごと

“ひとりごと”は「みなと山口新聞」に1999年11月〜12月まで掲載されたものです

【その1】 【その2】 【その3】 【その4】
【その5】 【その6】 【その7】
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【その1】
  単身赴任生活と独身生活とを同一視する向きもありますが、その本質は大きく異なるものです。独身生活と比べて、単身赴任生活の一番の特性は、生活用品のほとんどが自宅へ持ち帰った瞬間に不要物となる運命にあることです。使い捨てを覚悟して利便を追求する輩もいらっしゃいますが、地球環境に優しい生活を志向する私は、お金があっても消耗品以外のものを購入することを躊躇してしまいます。
  例えば、本は買うが本棚は買わないといった具合です。そうすると、身の回りのものを整理しようにも、なかなか整理できない賽の河原状態に陥ります。そして、最後には雑物が畳を覆い、雑物の谷間に布団があるといった状態になってしまいます。このような単身赴任生活を高松と新潟で既に4年間経験した私は、下関で再び同じような過ちを犯さないことを第一の信条としています。
  そのためには、極力ものを持たないということです。
  実際、赴任時の荷物は旅行用のスーツケース2つだけにしました。それでも、ちゃんと下関での生活が始められるから不思議です。
  いち早く訪れたテレビの受信料集金の方にテレビの無い状況を見てもらい、半ば同情されながら丁重にお帰りいただいたことも、妙に痛快でした。
  『ものは無くても心の錦』ベンベン。
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【その2】
  秋風が吹く頃になると、暖房もない部屋で、暖かいのは布団の中だけ。トイレとお風呂以外は布団の中で過ごす芋虫生活が始まってしまいます。タバコ、灰皿、ライター、ペットボトル等々が、手の届く範囲に散らばります。そして、いろいろの雑物が、その使用頻度に従って、同心円を描くようになります。
  これを称して『無精曼陀羅』と呼びます。『無精曼陀羅』は、何をどのような頻度で使うのかといったことによって形成されるので、その人の嗜好や個性を投影します。
  この間から風邪を引いてしまい、枕元にティッシュの花園を作っています。無精曼陀羅は、その時々の健康状態までも表すのです。この調子ですから、これからの冬本番、どのように越冬するのか頭を痛めています。
  そういえば、今までの単身赴任生活は全て集合住宅で過ごし、少なくとも左右両隣と階下に所帯持ちが住んでいれば、部屋を暖めてもらえたのです。ところが、今回は一戸建ての隙間風。誰も助けてくれません。
  そこで、この冬は家の中にテントを張って過ごそうと考えています。しかし、それを言う度、職員から諫められます。そのような生活をするのは市の恥とのこと。でも、省エネのアイデアとしてはいい線いってると思うのですが・・・。
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【その3】
  家の中で文句を言う家族のいない単身生活は、止めどなくマイペースを助長します。不精ものは益々無精に、夜遊び好きは益々夜遊び好きに、といった具合です。私の場合、一人暮らしの無精の象徴である万年床など当たり前で、万年ゴミ、万年食器など、人目、家族の目が無いことを良しとして、何もかもが万年化しつつあります。そんな私でも、さすがに万年パンツには至ってはおりません。まだまだ紳士といったところです。
  さて、世の中には上には上があるもので、役所の単身赴任仲間に語り継がれている伝説があります。無類の鍋好きの某先輩が野菜不足を解消しようと鍋料理を作ったものの一人では食べきれず、その翌日から残り鍋に目減りした具を加えることを繰り返して、単身赴任を終えるまで毎晩鍋を食べ続けたとのことです。これが『万年鍋伝説』です。私もかつて挑戦したことがありますが、そんなに続けられるものではありません。その先輩も、単身赴任を終えてから鍋料理には一切手をつけなくなったとのことです。
  そこで一句
      単身赴任の無精ぐせ
      鶴と亀とのめでたさよ
      あれもセンネンこれも万年・・
  この文書で、私はまたも世話役のU課長に嫌みを言われるのです。『品格品位を大切に』と。
私も言いたい『貴君もね。』と。
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【その4】
  単身赴任が休日をどのように過ごすのか、多くの皆さんが心配をしてくれます。
  暖かい頃には、土地勘を得るため、ダイエットも兼ねて市内散策に精を出していました。しかし、寒さが厳しいこの頃には外を歩く根性が薄れ、大抵の日は、まず家の中で独り暗く布団に隠っているのです。でも、人と何も話さないというのは社会的動物である人間にとって不自然なものなのでしょう。空腹になったり、タバコを切らすことを契機として、結局、外を散策することになります。
  そこで困るのが、下関では休日に閉めている喫茶店が案外に多いことです。その結果、ついついパチンコ屋さんで時間を過ごすことになってしまいます。そして、ツキが無いと簡単に所持金がゼロになります。・・泣きっ面に蜂。・・先般は、更に運悪く腕時計が止まっていたためキャッシュコーナーに間に合わず、無一文で一晩過ごしたことがありました。バスにも乗れず、冷え々々とした街を歩いていると、どこからか夕飯支度の香りがします。世の中には幸せな人がいるもんだなぁ・と、羨み半分、単身赴任生活の侘びしさを噛みしめました。
  『マッチ売りの少女』を読んで素直に涙することが出来るこの頃です。
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【その5】
  『港々に女あり。』という言葉があります。
  これは、単身赴任で全国の港町を転々とする私のようなもののためにある言葉ではなく、たまの寄港地で豪快に羽目を外し、それぞれの港町でロマンスを楽しんだであろう船乗りさん達のための言葉です。
  かつて、捕鯨が活況を呈した下関では、南氷洋から捕鯨船が帰港すると、夜の街も華やかに賑わっていたようです。この下関の往時の繁栄の一場面を思い浮かべながら、そこに地域興しの本質を垣間見ることができます。つまり、外で稼ぎ、内で散財する人が多ければ地域は賑わい、そうでなければ地域が寂れていくということです。
  観光然り、特産品も然り、地域興しの基本は変わりません。国家公務員の地方勤務も、国からの給料を地元で使うので地域興しに貢献できます。
  逆に、単身赴任で市役所に勤める現在の私は、市でもらった給料のほとんどを家族に送金するので地域興しに逆行しています。そのことが申し訳なくて、地域経済の活性化のため、夜の唐戸、豊前田辺りを散策するようにしているのですが、そんな私を人は『単なる酒好き、女好き』と勘違いしているようです。困ったものだと思いながら、今夜も街へ船出します。
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【その6】
  単身赴任生活は不健康と思われがちですが、その気になれば極めて健康的にもなれます。
  何しろ、自分の思い通りのライフスタイルを保てるのですから、健康的生活をしようとすれば、その通りに出来るのです。
  現在、不健康な生活を続けているいる私も、かつての高松での単身赴任生活でダイエットに励んだことがありました。それは、スタイルを維持しようとか、健康のためといった高尚な動機ではなく、そのままでは持っているスーツが着られなくなってしまうという至って現実的な理由によるものでした。
  それなりに書物を調べ、食物成分栄養表までも研究して独自のダイエット法を編み出しました。
  ・・朝には人参一本、卵一個、牛乳一杯を摂取。昼は適当腹八分目。夜は8時以降食事をしない。そして、良く歩き、寝る前には十分間の腹筋運動。・・これを一ヶ月続けた結果、体重は5キロ減、ウエストは7センチ減を達成しました。
  ところが、その後自宅通勤に戻り、夜遅く帰宅して、お腹が空いていなくても『今日の食事はおいしいね。』と言い、その度にリバウンドを繰り返しました。家庭の円満には、亭主の『腹のふくるる技』も不可欠だからでしょう。
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【その7】
  根なし草として全国を転々とすると、地域に生まれ育った方々のお国自慢と、よそ者が感じるその地域の良さとは必ずしも一致しないということを時々感じます。
  きっと、他の地域のものにとって珍しく、素晴らしいものであっても、その地域で生まれ育った人々にとっては、身近で当たり前の事柄であり、それを取り立てて意識しないからなのでしょう。
  海峡を過ぎる様々な船舶。下関の方々にとっては、当たり前の風景でしょうが、このような場所は他にありません。
  下関のお国自慢は多くありますが、交通の要衝としての天恵とも言える有利な地理的条件が下関の最大の地域資産であると私は感じています。
  何故、下関が様々な歴史的イベントの舞台に選ばれたのか。・・といったことさえ、下関を交通の要衝とする地理的条件がもたらした結果でしかないように思います。
  全国津々浦々。・・・私が、今まで携わった各地の港湾の中でも下関港の地理的優位性は群を抜いています。でも、それを本当に実感できるのは全国転々の私だけ、そこに根なし草の私の役割がある。そんな思いを心の支えとして、単身赴任の生活も続けられるのだと思います。
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